こんなのどう?

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最上徳内研究


恥ずかしながら、みなもと太郎先生の「風雲児たち」で初めて最上徳内の業績を知った。

山形の貧農から幕吏になり、数学、天文学、地理学、アイヌ文化、中国古典研究。北海道、クナシリ、エトロフ、ウルップ、カラフト探検と地図作成。ロシア人やシーボルトとの交流。寛政異学の禁とシーボルト事件を生き延びた人。
まさに彼は日本のライプニッツと言えるだろう。

早稲田大学図書館は蔵書300万冊以上を誇る。しかし、WINEシステムで最上徳内のキーワードを検索すると、下の二冊しか出てこない。

最上徳内 皆川新作 著 電通出版部, 1943.10
最上徳内 / 島谷良吉 著 吉川弘文館, 1977.8

前者は昭和18年の本である。二冊とも読んでみたが、どちらも共通の資料に依っているので、大差はない。

後者の巻末に付された書誌によると、徳内の著作は大部分が公刊されていない。つまり、徳内研究はほとんどないに等しいのだ。

本来なら「最上徳内全集」が編纂されて当然の人材である。かつて日本をダメにしたのは「大学がない」「鎖国」「身分差別」だった。平賀源内や最上徳内は世界レベルの学者であり、実践家であるにもかかわらず、地位は低かった。

今、ネットワークによって時間と空間の障壁はなくなった。「知の鎖国」をやめて、偉大な先人を再評価すべき時は既に来ている。

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ラファエル前派展


森ビルギャラリーに行った。

一言で言うと「いいとこの坊ちゃん達の耽美絵画」だな。
ただしモデルになった女性は庶民がほとんど。
英国的階級差を感じる。

彼らが標榜した精神的な高みも未達成の感あり。
同時代でもベルギー象徴派が勝る。

しかし、油彩の習作として描かれたドローイングはよい。
習作というより、独立したイラストレーションである。
それが発見できたことは収穫だった。


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大鶴泰弘について


映画の中の哲学7では、1964年の日活作品「月曜日のユカ」を取り上げる。出演。加賀まりこ・中尾彬。監督は中平康、脚本が斎藤耕一と倉本聰、音楽が黛敏郎。そして美術監督が大鶴泰弘だった。大鶴氏の紹介記事がネットに見当たらないので、ここに記しておこう。


大鶴泰弘氏は福岡県久留米市出身。旧制明善中学に学ぶ。同級生に作曲家中村八大がいた。

多摩美術大学油絵科卒。川口軌外らに師事。


日活では中平康と同期。以後公私ともに長く交流する。

退社後ワーナーブラザースに移って香港などで制作に従事。


帰国後、いくつかの映画作品に関わるが、自給自足を目指して千葉勝浦に移住。

ユニークな体験をダヴィッド社『私の田園生活』などで紹介する。


私は70年代半ばの大学時代、大鶴氏が始めたレストラン『加哩屋』でアルバイトをした。仕事の合間に氏が出題する映画クイズなどで制作側の視点に触れ、楽しかった。

彼は私の映画研究における師匠の一人である。



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ハイレッドセンター:直接行動の軌跡

松濤美術館に行く。
ネオダダ、読売アンデパンダン時代の高松、赤瀬川、中西たちの記録。
千円札と裁判記録が生々しい。

だが今回も観客にパンクはいない。つまらん。

受付の主婦パート?は来場者そっちのけで口論?している。
公共施設のカオスは展示より破壊的!

タカギクラヴィーアのカフェが気になる。


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山上たつひこ  『一軒家』 


単行本未収録傑作選1を読む。『神代の国』より前の貸本漫画である。

この頃の山上はSF中心に佳作を生み出している。ブラックユーモアの質は、すでに後年の代表作につながるレベルに達している。

もし当時本格的な「SF漫画賞」があったら、山上や吾妻ひでおの才能がより早く評価されたであろう。



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山上たつひこ 『神代の国』


単行本未収録傑作選2を読む。
1972年頃の作品集。見渡すと同時代の作品群が浮かび上がる。
表題作は『血染めの紋章』かわぐちかいじ、終末系の作品は諸星大二郎『暗黒神話』、ブラックユーモアは大人向けの藤子不二雄たち。絵柄は永島慎二。

2.26を扱った作品は多いが、改めて考えると2.26事件、三島事件、連合赤軍事件、オウム事件には共通点がある。それは自己を過大視し、幻想的政治予測が破綻すると自爆的行動によって幻想性を完成させようとしたことである。

この視点から書かれた作品は少ない。高橋和巳『邪宗門』のようなレベルでこれらの事件を扱ったものが生まれないか。


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諸星大二郎 アンソロジー3巻目


書き下ろしつきアンソロジー3巻目が出た。
すごいスピードだ。
テーマは「遠い世界」。
フィクションだが「諸星民族学」は興味深い。
旅人はガリバーであり、ビーグル号のダーウィンでもある。

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吉田松陰の辞世


朝日新聞によると松陰自筆の辞世が井伊家文書から出てきたそうだ。
しかも長野主膳が保管していたらしい。
みなもと太郎は一般的に長野主膳を悪人と決めつけ過ぎだと批判している。
松陰辞世が丁寧に保管されていたところを見ると、みなもとの評価が正しいのかもしれない。

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