こんなのどう?

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風雲児たち (みなもと太郎) 新刊出る


23巻は遣米使節のアメリカ滞在記。
ブルック大尉と中浜万次郎の存在感がますます大きくなる。
この二人の著作や伝記はもっと紹介されるべきだ。
日本の政治が当時から進歩していないこと、アメリカと戦争した愚かさなど、反省点多し。
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諸星大二郎新刊出る


「男たちの風景」「子どもの情景」に続いて「瓜子姫の夜・シンデレラの朝」が出た。過去の作品も続々デジタル版で出ている。西遊妖猿伝も早く出てほしい。
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マンデルブロ自伝を読む


「フラクタリスト  マンデルブロ自伝」(早川書房)を読んでいる。

1980年、「フラクタル幾何学」(広中平祐訳)が世に出た時の興奮は忘れられない。モノクロのマンデルブロ集合のプリントアウトから目が離せなかった。

当時の8ビットコンピュータでは早い描画こそできなかったが、「神が自然に隠した秘密の解読」を目撃する実感があったのだ。


しかし、これほど大きな業績を挙げながら、マンデルブロ自身の経歴が詳しく紹介されることはなかった。(本人が語りたがらなかったのかもしれない。)

この自伝を読むと、第二次大戦の時代にポーランドに生まれたユダヤ人の運命を改めて考えさせられる。しかも彼は天才なのだ!


絶滅収容所で悲惨な最期を遂げた人々の物語は多い。そして尽きることがない。

それに比べると、困難な状況を生き延びた人々の言葉を聞く機会は少ない。

一種の後ろめたさか、辛すぎる思い出だからか、人に教えたくない秘伝だからか、あるいはその全てかもしれない。


マンデルブロの自伝は、生き延びた天才の稀有な告白である。特に少年期から青年期の戦中、ポーランド、パリ、テュール、リヨンと身一つで移動(流浪?)しながら経験した仕事の多様性には驚かされる。工場で職人見習いをし、牧場で馬の世話をし、身元を隠して学校に行く。


戦後、マンデルブロがエコール・ノルマルを一日で辞めたり、全盛期のブルバキグループを嫌ってアメリカに行ったりするのは、このような生き方の延長だと本人も言っている。

映画化したいような生涯だ。



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森村泰昌その2


原美術館で「森村泰昌 レンブラントの部屋、再び」を見る。

三島由紀夫の市ケ谷アジモノマネは今ひとつ。
私の方がうまいと思う。
「君たちは武士だろ!俺と一緒に決起する奴はいないのか!……だれもいないんだな。よし、わかった!」最後はあっさりだった三島。

来場者の格子柄ワンピースの女。
連れの男「モンドリアンみたいだね」
女「モンドリアンって何?」
その後スマホで調べていたが…



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森村泰昌その1


その後、資生堂ギャラリーで「森村泰昌展 ベラスケス頌:侍女たちは夜に甦る」を見る。

写真撮影OKがよい。

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ロマンティックバレエの世界


ニューオータニギャラリーで「ロマンティックバレエの世界 妖精になったバレリーナ」を見る。

素晴らしいコレクションに驚く。
しかし、来場者はバレエと縁のなさそうな方々。?

1Fの改造社書店で文具を購入。レジのおばあちゃんは昭和からタイムスリップしたような無愛想さ。素晴らしい!!



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戦後マンガ


最近、戦後マンガ事情をもう一度見直している。

作家だけでなく、退職した編集者もその頃を語る本を出しているからだ。
トキワ荘の有名作家たちの本はかなりある。だが、それがどの程度本当なのかはわからない。作家本人だけでなく、他の作家、編集者など、複数の視点から見た戦後マンガの全体像が知りたい。
作家の視点では藤子不二雄Aの『まんが道』がテキストみたいなものだ。これはフィクションの体裁をとっているが、安孫子素雄は『78歳いまだまんが道を』で実話を語っている。
貴重なのは「トキワ荘」無頼派―漫画家・森安なおや伝 併載『赤い自転車』(森安 なおや作): 伊吹 隼人、のような証言だ。両者を併せて読むと、昭和20〜30年代が生き生きと蘇ってくる。
かつてCOMで当時のメンバーたちが「トキワ荘物語」を描いていた時、高校生の私は時代の雰囲気を理解できなかった。これは読者の側だけでなく、語り手にとっても出来事の全体像がつかめていなかったためだろう。
歳を重ねることの意味はこんなところにもある。

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