こんなのどう?

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『ひみつのひでお日記』を読む


吾妻ひでお先生、3〜4年前のホームページの単行本化。

その頃ボサノバギターのプロであるアベ先生にギターを習い始めた私は、吾妻先生が私の兄弟子であることを知ったのだった。驚!
日記にはアベ先生も出てくる。(匿名で) 

ひでお先生はギターの練習で右手を痛めたらしい…

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 『私のマーガレット展』を見る


森ミュージアムに行く。
元少女たちの中で「今でもオシャレ」な人は僅少。

創刊号に既に「宿題の上手な片付け方」が特集されていて驚く。
同時代の少年誌に勉強の話題などなかった。少女は真面目である。

作家の色紙中、浦野千賀子氏の「アタックNO1」鮎原梢ちゃんがふくよかになっている。年輪?
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 『種村季弘の眼  迷宮の美術家たち』を見る。


板橋区立美術館に行った。場所の割に人が来ている。台風も来るというのに。
展示の大部分は私の10代から20代のもの。従って懐かしい。

ゾンネンシュターンを見るのは多分高校以来だ。ウィーン幻想派も同じく。ヴォルフガング・フッター、アントン・レームデン、エルンスト・フックス、ルドルフ・ハウズナーの四人のうち、今回は二人を見ることができた。

最も種村的なるものは青木画廊との付き合いである。青木が媒介者となって、知られざる作家たちが紹介されたのだ。
その青木は代替わりで廃れてしまった。子息品麻氏がスパン・アートを設立しなければ、前衛の場はなくなっていただろう。
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『造反有理』立岩真也 青土社 を読む



 1960年代後半から1970年代の東大を中心にした精神科の若き医師達の闘争をまとめた意欲作。ただし、資料の大半は筆者の「生存学」ホームページで読める。この本は一種のインデックスである。それにもかかわらず、本の全体から60年代の熱気が蘇ってくる。精神医学に少しでも詳しい者なら「あの医師も、この医師も、運動に関わっていたのか!」といささかの驚きを禁じえないはずである。


 私の高校時代、青年医師たちがヘルメットをかぶって精神医学会壇上を占拠したニュースが流れた。それは台弘東大教授の糾弾でもあり、同時に当時の精神医療全体への批判であった。私が理解できたのは、そのうちのロボトミー糾弾(いわゆる精神外科)くらいであった。ちょうど政府が精神科患者に対する保安処分を検討していた時期と重なって、特に注意を引いたのだろう。「カッコーの巣の上で」が公開されるのは数年後のことである。


 今、立岩が本を書いたのは「当事者が次々に亡くなり、資料も散逸していく」からである。立岩自身も「本当のところはよくわからない」と正直に告白しているが、闘争の全体像はなかなかつかめない。しかし、東大赤レンガ病棟自主管理に参加した多くの青年医師が、自らの全存在をかけて患者と、そして病と対峙し、格闘していたことは明らかである。今日の精神医療が様々な不祥事を経験しながらも「患者への支援」として取り組まれているのは、多くがかれらの功績なのである。その闘いが全共闘運動と結びついたのは、そのような真摯さから考えて当然であり、東大闘争敗北後のかれらがそれに屈せず地域医療などでなお実績を挙げたのは、赤レンガ病棟があったからだ。


 最近、『ガロという時代』を読んでいると「オレは少年時代から社会主義に幻想をもっていなかった」などと自慢げに語る批評家を目にした。生まれてから一度も権力との闘いの中で自己を省みたことのない輩が、このような暴言で全共闘を(知りもしないで)否定するのは許しがたい。


 まだ闘いは終わっていないのだ。

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『 原子爆弾の誕生―科学と国際政治の世界史』読了


 全体を読んで総括。


1960年代の少年時代、日下実男の書いた『最新科学の驚異』が愛読書だった。「原子力」の章には、エンリコ・フェルミがシカゴ大学で最初の原子炉を作ったと書いてあった。


「誕生」を読んでわかったことは、フェルミの製作したのがプルトニウム239生産用の黒鉛炉(カーボンパイル1)だったこと。高純度の黒鉛キューブ中央に穴を開け、ウラン235の濃度を高めたウラン238のペレットを入れる。それを球状に積み重ね、段の隙間に何枚かの金属フォイルを貼ったベニヤ板を差し込んで制御棒とした。


設置場所は大学構内とは言え、運動場片隅の使われなくなった地下倉庫だった。放射能漏れに備えて、安全な場所を探したのだ。「誕生」に描かれた核開発で特に重視されているのが被曝対策であることは示唆的である。


CP1は黒鉛炉なので、これの発展形がチェルノブイリ原発ということになる。チェルノブイリの炉は燃料ペレットを収めた黒鉛キューブを格納容器上部から供給し、使用済み核燃料キューブを容器底部から徐々に回収する構造だった。


実はこの構造も核燃料開発の過程で既に使われている。フェルミのパイルで中性子を浴びたペレットは、ロスアラモスでアルミ缶の中に詰められ、ハンダを流し込まれた。これをアルミチューブに装填したのが世界初の核燃料棒だ。燃料棒は横積みされ、パイプの隙間には鉛の制御棒が差し込まれた。(現在の原子炉は、70年経ってもこの形式を踏襲している。)燃料棒パイプの片側から燃料缶を入れ、使用済みの缶は他の端から押し出されて水を満たしたプールに落ちる。ハンダを溶かしてペレットを回収すると、そこから核分裂生成物のプルトニウム239が得られる。それが世界初の爆発実験に使われ、2号機が長崎に投下された「ファットマン」の核物質であり、戦後の核軍拡競争はこうしたプルトニウム・プラントから生み出された。


フェルミの「原子炉開発」という記述だけを読めば、まるで彼が「原子力発電」を始めたかのように見える。しかし、原発などは後日の、全くのオマケであった。


つづく


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 『バレエ・リュス展』を見る


バレエ・リュスの活動期は世紀末から戦間期である。ウッディ・アレン監督の映画『ミッドナイト・イン・パリ』の時代だ。ニジンスキー、ディアギレフらが華麗な様式美と大胆な革新の二つを融合させた総合芸術としてのバレエだと言える。

音楽はプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ラヴェル。衣裳・美術はコクトー、ピカソ、ローランサン、マティス、デュフィ、ドラン、キリコ。これらの芸術家がリアルタイムで関わった。その意味でも「時代の総合芸術」である。

今回の展示は衣裳・パンフレット・写真・スタイル画で構成されている。出自を考えると当然ながらスラブの題材が多い。その内容は横恋慕と殺し合いが大半で苦笑。後期には社会主義リアリズムや抽象的テーマのモダンバレエも登場するが、衣裳が今一つ。現在に通じる古典の力を再確認した。

展示で触れられていなかったが、メンバーの一人リディア・ロポコワがロンドン公演で知り合った経済学者ケインズと結婚したのは有名。



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 『陽だまりの樹』手塚治虫 を読む。


風雲児たち最新刊と見比べるために全集版を読んだ。直接の執筆動機は、三代前の医師手塚良仙の史実を研究者から教えられたことだという。手塚の作品構成の特徴は「光と影」であり、この作品でも「医術」を光、「武士道」を影と見ることができる。結局したたかに生き延びるのは民衆なのだが、彼らの生涯は記録されない。この作品の裏テーマはそれかもしれない。
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 『挑戦者たち 増補改訂版』を読む。


みなもと太郎先生の風雲児たち外外伝。10年ぶりの復刊。復刊ドットコムから出ている。
外伝ではあるが、実質的に自伝である。やはり京都の人らしいエピソードが満載で面白い。大河歴史マンガの素養は遺構だらけの京都の街、時代劇エキストラのバイト、家族で菊五郎観劇などによって養われたのだ。撮影所に芸能興行の組関係者が常駐している話など納得。

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